BONZEブログ

"日々のこと"の記事一覧

檀家さんと不定期ツーリング

7月24日 檀家さんと不定期ツーリング7月。

出会う…..
早朝6時檀家Yさんと共に自坊を出発。朝の空気は新鮮で、気温も低くいつものルートを爽快な気分で駆け抜ける。途中の休憩ポイント(るり渓)で、休憩していると駐車場にバイクが一台入ってきた。その方がヘルメットを取りこちらに向かって来た。「おはようございます」と共に挨拶を交わした。風態から同年代ではと感じたので、会話を始めだすとやはりそうだった。少し話をして彼が乗っているバイクが気になったので、見せて貰うことになり駐車場へ。彼のバイクは、スズキから今年リリースされたニューモデルGSX-S1000GT。リリース後興味があったバイクだけに、現物をみることができ、バイクの詳細を聴かせて貰えた。彼はつい最近大型二輪免許を取得しリターンした。このバイクが大型二輪初の所有で、まだ慣しの途中だった。ひとしきりバイクの話題で盛り上がり、後半のルートを一緒に走らないかと提案したところ、二つ返事でOKだった。3台で次の休憩ポイント、カフェ能勢マリアージュに向かう。カフェでは、更にコミュニケーションが深まり、趣味、人生、時事問題等で盛り上がり、中でも檀家Yさんの趣味であるアコースティックギターを、彼も所有し演奏していることから、お二人共通の趣味で更に関心が深まったようだ。最後、帰路ルートもご一緒し茨木インターで、次の再会を約束し解散となった。
バイクを通じた出会い。危ない、手に負えない、常に危険に晒されているバイク乗り同士が分かり合えることなのか。
半日ではあったが、爽快な気分で帰路についた。

檀家さんとのお付き合いのカタチ色々…

こんにちは!佐伯由美です。とっくに梅雨明けしたはずなのに、今年は”戻り梅雨”⁈雨マークが付いている日が多いですね。
いつもなら「さぁ!夏到来!」っといった感じの陽射しと少し爽やかな風を楽しめる時期ですよね。

そんな季節を楽しむべく(⁈)昨日は当山にとって大切な檀家さんご夫妻とご夫妻がメンバーになっておられるゴルフ場へ
住職と4人でゴルフを楽しんでまいりました!最近は定期的にご一緒させていただいていてそのたびに思うのですが、
そのご夫妻が本当に素敵なんです。いつもお互いを見守っていて、アドバイスし合ったり、助け合ったり。ゴルフするのも二人三脚だなぁと
毎回感心しております。ゴルフはまさにお人柄が出るんですよね。スコア?聴かないでください(笑)

当山住職はバイクにも乗ります。スリムな体型で大型バイクを乗りこなしております。先日はこちらも檀家さんとご一緒にツーリングへ行かせていただいたときの一枚↓

休憩中に会話が弾んでお仲間に入ってくださった方と三人で記念の一枚。
すぐに誰とでも仲良くなってしまう住職ならではの檀家さんとの新しいお付き合いです。

お寺の中だけではなく、こうして趣味やスポーツなどを通して住職の人柄に触れていただけることは有難いことです。

高槻はグルメな街だなぁとあらためて実感!

こんにちは!広宣寺葬祭部の佐伯です。梅雨入り以降、なんだかシャキッとしないお天気の日が多く予定の調整が難しいですね💦

お天気に左右されない会食の予定だけは生き残ってくれて、改めて当山の近くには美味しいお店が色々あるんだなぁと思っております。 
まずは当山から摂津富田駅方面に南下、徒歩20分くらいのところに所在される日本ワインとobanzaiのお店「ねき」さん。

「ねき」さんのカレーランチ

この日は当山の保険業務でたいへんお世話になっている保険会社の方とランチミーティングをしました。
当山の少額短期保険のご契約者様のアフターケアだったり、その後のことなどなにかと気にかけてくださいます。
その方がどうしても「ねきさんのカレーランチが食べたいっ!」とおっしゃって、私も同行させていただきました。
で、ビックリ!!多種多様(⁈)のスパイスがあいまったルゥはまさに絶品。お口の中で味変します。本当です。

そしてもう一件。激戦区の高槻駅周辺にはいいお店がいっぱいありますが、当山からJRでひと駅。JR高槻駅北側のイタリア料理店
「オステリア セーザモ」さんにまた別の日、初めて行ってまいりました。

長谷川住職にとてもよくしてくださる後輩の僧侶の方がいらして、その方と私がウェディングのお仕事でお世話になっている美しい女子とまさに
冠婚葬祭の交流会で利用させていただきました。ワインも少しいただいたのですがとても質の高いチョイスでコスパにビックリ!!
飽きないメニュー構成と気さくな雰囲気にファンになりました。

まだまだコロナ感染への油断は許されませんが、日々の暮らしのなかでのちょっとした驚きや感動をこれからもお伝えできたらいいなと思います。

リモート法事?

「リモート法事」ってどう? どうなんだろう? と考えていたが6月末にリモートでの法事を行なった。リモート法事を行うキッカケは、施主の檀家(90歳女性)さんがコロナ鬱になったことからだった。今年6月末ご主人と義母の13回忌法要、義理弟納骨の予定だったがコロナ鬱になったことで全く外出ができないという。施主さんの気がかりは「ご主人方親族に対して義理弟さんの納骨をする」ということ。施主さんはともかく納骨しないと親族に対して悪いと考えていた。それならばリモート法事と納骨を提案したところ、施主さんから「是非お願いします」との返事を頂きリモートで行なった。施主さんの娘(次女)さんの感想は「ライブ感があって、自宅にいながら一緒に法事を勤められた」ということだった。このリモート法要で、施主さんの気がかりが済んだことがなによりだった。

画像は7/4施主自宅にて。東京に住む甥子さんがリモート法要に参加。法要後大阪に居る家族、親族と対話。

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令和2年度春季彼岸会法要

本日午前10時より 当山令和2年度春季彼岸会法要を厳修致しました。檀信徒の皆さんは法要時マスク着用。本堂内を換気しての法要でした。お参りはいつもの半分くらいの人数でしたが、この状況の中皆さんと共に法要を勤められて良かったと思います。

14時より 大阪市妙福寺様春季彼岸会法要に出仕します。大学卒業後37年間春秋彼岸、盂蘭盆会、お会式に出仕していましたが、干与人の交替によりお手伝いが終わりました。今回コロナウィルスの関係で出仕寺院の法要取り止め等があり、数年ぶりにお声をかけて頂きました。

妙福寺様

櫛 クシ

今日は春分の日。お彼岸の中日です。中日は大阪市内ニか寺の彼岸法要へ出仕するのですが、一か寺は彼岸法要中止、もう一か寺は無檀家法要ということで中日に法要への出仕がないなんて、私が僧籍取得後初めてのことです。22日は当山の彼岸法要を執り行うことで、それに向けて散髪に行ってきました。今日はハヤシさんのお店で珍しい場面に遭遇しました。それはクシ屋さんがクシを売りに来ていることでした。蔵本君の説明では、今ではクシ屋さんが来ることが珍しく、そのクシ屋さんが持参するクシはクシ職人手作りのクシだということです。今ではクシ職人は全国に数人だそうで、手作りのクシは使い勝手や、クシの通りが量産品とは比較にならないということでした。値段もクシの材質(鼈甲だと数10万)により違うということです。マスターも「テンションが上がるんですわ!」と満面の笑みでした。

櫛の数々

テンションが上がる!

 

17日彼岸の入り

本堂の外で法要

今日から彼岸の入りです。
毎年彼岸の入りに法要を執り行なわれる、伊丹市本泉寺様の法要に出仕しました。
前日奥様に確認メールを入れたところ「明日は境内で行います」との返信があり、えっ?境内ですか。と内心思いつつお寺に到着すると本堂前に須弥台を設置し、その横に塔婆を並べた置き台、導師席、役僧席、その後に一般焼香台、檀信徒席と配置されていました。差定は「コロナウィルス対応版」で法要を進行。お天気は良かったのですが、時折り吹く風が強かったですが、約100名(通常200名)の檀信徒と共に無事彼岸法要を終えることができました。

平和の祈り

午前10時30分より 立正佼成会豊中教会会員の皆さんと「平和の祈り」を当山で開催しました。なぜ当山で平和の祈りを開催することになったのか?今年春に縁あって立正佼成会会員の方の葬儀を当山にて勤めたことがきっかけでした。平和の祈りとは宗教.宗派にとらわれず共に平和の祈りを願うつどいを、1970年頃から続けられており、そのつどいを各教会単位で行なっているそうです。今回、寺葬儀式に会葬していた支部長さんが寺葬儀式に参列し感動されたことから、当山での開催を希望されたことで実現しました。
今回平和の祈りの流れは、私から提案を行い法要、法話、対話の会と三部構成で行いました。
法要は立正安国世界平和を祈願し、法話「六道と意識」、対話の会は参加者23人を4グループに分けM上人、S上人、N上人と私が各グループの進行役をつとめました。対話のテーマは「六道と意識」の法話から六道や意識を考えて頂きました。
私が担当したグループでは、お一人の女性が幼少期の体験を語られたことから、その語りをベースに六道を深めていきました。体験を語られた女性の意識の志向性は何を明らかにしたいのか?更に問いかけ対話を深めました。
会を終えての私の感想は、法要中は緊張感があり、対話の会では終始対話が途切れること無く、皆さん考えること、語ることを楽しんでおられました。
未知なる取り組みでしたが開催してよかった、皆さんの役に立てて良かったと思えました。

 

 

 

坊さんも苦しんでいる?

11月8日第49回教化研究会議が大阪市内で開催された。

鈴木隆泰先生 基調講演「仏教におけるいのちとは」

「いのち」と、ひとことでいっても人それぞれの考えによって現れは変わるだろう。

心臓とイメージする人もいるだろう、魂とイメージする人もいるだろう、霊魂とイメージする人も

いるだろう。しかし、これは「いのち」に自分の意識が向いた時にイメージされる。意識が向かない

限り、日々の生活の中で「いのち」を意識することはないと思われる。

なぜなら人は日々の生活に追われていて、一旦立ち止まって「いのち」を考える余裕がないのだ。

基調講演で印象に残った言葉は「信」であった。

宗教の教えは「信」に支えられている。「信」を持つ人によって継承されているのではないか。

いつの時代もそうだと思うが「信」がない人は存在する。

現代は宗教的な「信」があると、その人は変わった人と見られる傾向があるのではないかと

思う。その傾向からか宗教的な「信」を持たない方が増えてきているのではないか。

なぜなら「仏教離れ、寺離れ、僧侶離れ」が加速していることからもわかる。

だが、仏教離れというが実は仏教に興味があるという人は多い。いつの世も仏教は

人々の苦しみを和らげ、軽くし、なくする教えなのだ。次に寺離れはどうなのか?現在も寺は

檀家制度によって生きながらえている。しかし、高度成長期に若い世代が都会へ移動したことで

家制度から核家族という家族形態が変化したことで、地方寺院は過疎化による檀家減少に直面

している。都心部では核家族化による檀家制度の崩壊による檀家減少が起こっている。

最後に僧侶離れだが、私もその一人だが、世俗に染まっている僧侶像が世間に溢れているからではないか?なぜなら寺を維持していくことを第一に考え、法務の業務化が進んでいるのではないか。

それは、お坊さん便等の僧侶派遣業に現れている。しかし、派遣業に従事している僧侶は派遣業務を布教だと考え従事しているという。それを一概に批判できるのか?いやできない。

なぜなら法務が業務になっていることに気づかない、私も含む大多数の僧侶の存在があるからだ。

 

 

 

 

 

生きる

天災がおこらず平凡に日々を送っていると、生きるとはどういうことかと考える。天災がおこり、日々の生活が失われてしまった時に、生きているとはどういうことなのかと考えてしまう。

受け難し人身(にんしん)を受けることは、同時に苦しみを伴うものなのか。